キスをし続けないと暴走する呪い! 真実の愛は女王を救うことができるのか!? 〜想いよ、届け〜




 昔々あるところに、ゴットアプフェルフルスという名の小さな王国がありました。ゴットアプフェルフルス国は年中温暖な気候で、穂は実り高く、川からは立派な鮭がよく取れました。
 ゴットアプフェルフルスはランカシーレという名の女王によって統治されていました。ランカシーレ女王は絹糸のような金髪に白磁のような肌、ぱっちりと開いた理知的な目に薄紅色の頬、リンゴのように赤く熟れた唇をしたたいそう美しい人でした。
 幼いころに両親を亡くしたランカシーレ女王は、多くの臣下に助けられながらまつりごとを執り行ってきました。ランカシーレ女王はよく民のことを考えた政策を施し、また民もランカシーレ女王によく従っていました。
 ランカシーレ女王はとても恵まれた女性だったといえましょう。もっとも、ただひとつ彼女にかけられた呪いさえ無ければ、の話ですが。

 ランカシーレ女王は玉座に座り執務を行っていました。十メートル四方ほどの豪奢な部屋の中で、目の前のテーブルに積まれた羊皮紙に目を通しながら、必要に応じて署名を行っていました。
 その部屋には、玉座と向い合せに大臣が二人ほど机について執務を行っていました。一人の大臣は背が低くよぼよぼで、もう一人の大臣はひょろ長く老けていました。
 やがて時刻が十時を過ぎた頃だったでしょうか、背が低くよぼよぼな大臣が立ち上がりランカシーレ女王に言いました。
「さて、女王陛下。そろそろお時間でございますぞ」
 ランカシーレ女王はその声を聞いて顔をしかめました。ランカシーレ女王は嫌々テーブルを脇にどけ、玉座に深く座りなおしました。
「どうしてもあなたがなさるのですか?」
「べつにしないならしないでよろしいのですが」
 ランカシーレ女王の質問に対し、背が低くよぼよぼな大臣は偽悪的な声で答えました。
「では、なさい」
 ランカシーレ女王がそう言うと、背が低くよぼよぼな大臣はにやにやしながらランカシーレ女王の傍へと近づいてきました。そして、なんということでしょう、ランカシーレ女王の口唇に接吻をしたではありませんか。それもくちゅりくちゅりと生唾の音を立てながら、長く、ねっとりと。
 やがてランカシーレ女王は大臣を顔から引き離しました。
「もう結構でございます。ありがとうございました」
 ランカシーレ女王がハンカチで口を拭うのを見やりながら、大臣は一礼してにやにやしながら玉座から退きました。
 そう、ランカシーレ女王には「一日に三回、決まった時刻にキスをしないと性欲が抑えられなくなる」という呪いがかけられていたのです。朝の十時とお昼の一時、そして夕方の六時にキスをしなければ、ランカシーレ女王は性欲によってこの上ない煩悶を経験せねばならなくなるのです。
 ランカシーレ女王がこの呪いにかかっているという事実を知っている人は、今目の前にいる二人の大臣だけです。女王たるもの完璧であらねばならない、という決まりゆえに、ランカシーレ女王はこの事実を誰にも話すことができませんでした。それゆえに、ランカシーレ女王はいつもキスの相手を大臣二人のどちらかに頼むよりほかありませんでした。
 ランカシーレ女王が口を拭ったハンカチをしまうと、ひょろ長く老けた大臣が言いました。
「では女王陛下、お昼過ぎのキスを楽しみに待っておりますぞ」
 ひょろ長く老けた大臣は、背が低くよぼよぼな大臣と含み笑いをしました。ランカシーレ女王はただ顔をしかめて執務を再開するよりほかありませんでした。

 ランカシーレ女王が執務室を出たのは、それから二時間後でした。どうしても独りになりたかったランカシーレ女王は、城庭のよく見えるテラスに行きました。城庭は庭師によって丁寧に管理されており、時間通りに噴き上がる噴水や綺麗に切りそろえられた垣根などが規則正しく並べられていました。
 ランカシーレ女王は、はあっ、と溜息をつき、城庭に繋がる階段を下りて行きました。ドレスをたくし上げながら、トレーンとガウンを階段で引きづりつつ、ランカシーレ女王はハイヒールの音を響かせて城庭へと降りて行きました。
「本当にどうしようもないのでしょうか……」
 ランカシーレ女王はひとりごちました。
 城庭にいた臣下たちは、ランカシーレ女王を見かけるたびに挨拶していきました。彼等彼女等は明るく、笑顔でランカシーレ女王のご機嫌をうかがってくれました。そんな明るさは今のランカシーレ女王にとってかえって苦痛に思えました。
 ランカシーレ女王はやがて誰にも邪魔されないように、と、垣根の迷路の中へと入っていきました。垣根の迷路とは城庭の一部を使って作られたもので、高さ三メートルほどの垣根が迷路のように生えている場所でした。ランカシーレ女王はドレスが垣根の小枝に引っかかるのも気にせず、ドレスをたくし上げながらどんどんと奥へと進んでいきました。
 やがて何度目かの角を曲がった時に、ランカシーレ女王は小さな休憩所を見つけました。それは垣根で覆われた場所にあり、そこには短く切りそろえられた芝生の上に小さな椅子が二つ並べられてあるだけでした。ランカシーレ女王はため息を吐き、ドレスの裾を気にしながらそのうちの一つの椅子に腰かけました。
 辺りを見渡すと、ランカシーレ女王よりはるかに背の高い垣根がランカシーレ女王を見下ろしていました。ここなら誰にも邪魔されることなく物思いに耽ることができるだろう、と思ったランカシーレ女王は、静かに目を閉じました。時折吹く風によってドレスのフリルが揺れる音以外、何も聞こえてきませんでした。
 そのときでした。ガサッと足音が聞こえたのでランカシーレ女王はふと目を開きました。すると休憩所の入り口には、キャンバスと筆を持ち、青い前掛けをした背の高い銀髪の男性が立っていました。
「これはこれは、まさかこの場所を俺以外の方がご存じだとは」
 その三十路前と思われる男性は驚いたような口調で言いました。ランカシーレ女王はばつの悪そうな顔で、
「ご迷惑のようでしたら、私は退散いたしましょう」
と立ち上がろうとしました。するとその銀髪の男性はランカシーレ女王を制止して言いました。
「はっはっは、ご迷惑だなんてとんでもない。この場所は俺も気に入っていますが、どうやらあなたも気に入っているようです。ならば是非ともごゆっくりしていってください、ご婦人」
 その言葉を聞いて、ランカシーレ女王はふと疑問に思いました。これまでランカシーレ女王は、女王陛下、と呼ばれることこそあれど、ご婦人、と呼ばれることなどなかったからです。ランカシーレ女王はその疑念を晴らすべく、その銀髪の男性に声をかけました。
「あの、以前にどこかでお会いしたことはございませんか?」
「まさか」
 その銀髪の男性は前掛けからパレットを取り出しながら答えました。
「この城の近くにある薄暗い売春宿にご婦人がお勤めでないならば、俺はまったくあなたと会ったことなどないでしょうね」
 銀髪の男性は、はっはっは、と笑い、パレットに絵の具を出し始めました。ランカシーレ女王はくすりと笑い、
「まったく、あなたも例によって女の人と楽しいことをなさるのが大好きなようでございますね。たいそうお元気でいらっしゃりますこと」
と言いました。銀髪の男性は再び、はっはっは、と笑い、ランカシーレ女王に言いました。
「元気だけが取り柄でしてね。あとは絵を描くことくらいが俺の持ち味ってところですよ」
「絵を描くのがお好きなのですか?」
「それはもう、もちろん」
 銀髪の男性は筆に絵の具を付けて、キャンバスに緑の線を描き連ねていきました。最初はただの線の集まりでしかなかったのですが、やがてそれらは目の前の垣根の様を呈するようになりました。銀髪の男性が筆を走らせるたびに、葉が浮き上がり、幹が脈打ち、風がそよぐ様が描かれていきました。
 ランカシーレ女王がその様子に見入っていると、銀髪の男性は言いました。
「ご婦人は、絵が仕上がるところを見たことがないのですか?」
「ええ……いつも完成品しか見たことがございませんもの」
「はっはっは。でしたら俺のつたない作品が仕上がる様でも見ていってくださいな」
 銀髪の男性はためらうことなく、キャンバスに絵の具を描き連ねていきました。空の青、芝生の黄緑、レンガの赤茶までもがキャンバスに描きこまれていきました。
 ランカシーレ女王は銀髪の男性に尋ねました。
「お上手なのですね」
「上手だと言ってもらえたのは、俺の人生では初めてですがね」
 銀髪の男性は、はっはっは、と笑いました。
 やがてキャンバスは色という色で埋め尽くされていきました。そして最後の余白に緑が置かれると、銀髪の男性は絵にサインをしました。
「『パクリコン』……?」
「はい、俺の名前ですね」
 ランカシーレ女王は思わず声に出して呟いてしまったことに気づきました。
「ごめんなさい、私ばかり詮索するような真似をいたしてしまいまして」
「はっはっは、ご婦人に詮索されるのは悪い気がしませんよ。お気になさらず」
 銀髪のパクリコンはキャンバスを風のよく当たるところに置き直しました。
「ここで絵を描くのが好きなんですよ。とりわけ、お昼のなんでもない時間帯に人目を忍んで描くのがね。この休憩所なら誰も好き好んでやってこないので、自然の物しか存在しない空間で絵を描くことができるんです。それがなによりも俺にとっては幸せなひと時でした。……少なくとも、昨日まではね」
 パクリコンはランカシーレ女王のほうに向きなおりました。
「ですが、案外ご婦人とお話ししながら絵を描くのも悪くないことに気づきました。これもまた、数奇な運命の巡り会わせということでひとつご了解いただきたいところではありますが、いかがでしょう、ご婦人?」
 ランカシーレ女王はそれを聞いてくすっと笑い、言いました。
「はい、私もあなたの貴重な絵を拝見することができ、よい昼下がりとなりました。これも数奇な運命の巡り会わせだと言われれば、納得するよりほかございません」
「はっはっは、どうやら俺はまた一人ご婦人を口説いてしまったようだ」
 パクリコンはバケツの中に筆を入れ、よくかき混ぜました。筆にしみこんだ絵の具が次第に水の中へと溶けていきました。
 ランカシーレ女王ははっとなり、パクリコンに言いました。
「申し遅れました。まだ私はあなたに名乗っておりません。私の名は――」
「しぃぃぃぃぃぃっ」
 パクリコンは口に指を当てて言いました。
「名乗らずとも結構ですよ、ご婦人。名を知らぬほうがご婦人というものはお綺麗に見えるものです。女性は秘密があるほうが魅力的に映りますからね」
「んもう……」
 ランカシーレは呆れたように笑いました。
 風が二人の頭上を流れていきました。雲が三々五々に浮かび、柔らかな陽射しがときおり差し込んできました。
「……シエル」
 ランカシーレ女王は呟きました。パクリコンは思わず聞き返しました。
「えっ?」
「私のことはシエルとお呼びなさい。偽りの名でございますが、何もないよりましでしょう」
 ランカシーレ女王の答えにパクリコンはしばらくぽかんとしていましたが、やがてはっはっはと笑い言いました。
「なんだ、ご婦人も分かっていらっしゃるではありませんか。いいでしょういいでしょう。シエル、良い名です。今日はシエルが俺の絵を褒めてくれたということで、俺の中では特別な一日になりました」
「そんな……」
 ランカシーレ女王は照れましたが、パクリコンは構わず続けました。
「いやあ、いいものですよ? 絵を描いていたらお綺麗なご婦人が絵を褒めてくださっただなんて、俺の人生史上初めてのことなんですから。これなら俺が絵描きデビューするのももう間も無いことかもしれませんね」
 ランカシーレ女王はそれを聞いてふと疑問を抱きました。
「絵描きとしてデビューする、と仰いましたけれど……もうすでに絵描きとして活躍なさっていらっしゃる方ではないのですか?」
「はっはっは、とんでもない」
 パクリコンはランカシーレに顔を近づけて言いました。
「シエル、俺は貴族なんですよ。それも金も土地もほとんど持っていない貧乏な貴族でして。趣味で絵を描いて暮らしているだけです。そして……貴族としての暮らしよりも、絵描きとしての暮らしのほうが幾許も好きだというだけです」
「そうでしたか……」
 ランカシーレ女王はパクリコンの家庭事情を慮りました。たしかにゴットアプフェルフルス国にも貧乏貴族はたくさんいます。その多くが、王室のお情けによって生かされているようなものだ、というのもまた事実です。そんな中で、パクリコンが貴族としての生活よりも絵描きとしての生活を望むことも、また無理からぬことだとランカシーレ女王は思いました。
「パクリコンさんは、いっそ王室お抱えの絵描きを目指されたらよろしいのに」
「はっはっは、俺ごときがそんな芸術家の頂点に立てるとは到底思えませんが、目指してみるのも悪くはないですね」
 パクリコンは笑いながら答えましたが、ランカシーレ女王はそんなパクリコンを真摯な目で見ていました。
 そのとき、時計台が午後一時を示す鐘を打ちました。それを聞いてランカシーレ女王ははっとなりました。
「ごめんなさい、私はもう行かねばなりません」
「そうですか。また気が向いたらここに来てください。あなたとは是非とももっとお話をしたみたいものです」
 パクリコンはのんびりした口調で答えました。
「ありがとうございます」
 ランカシーレ女王はドレスをつまんでお辞儀をしました。パクリコンもまた右手を下げてお辞儀を返しました。
 ランカシーレ女王は下腹部がぴくりと痙攣するのを感じました。
「では、これで」
 ランカシーレ女王はドレスをたくし上げて休憩所から走り去ろうとしました。しかし休憩所の出口の垣根は、風によってなぎ倒されてしまっていました。そのためドレスがどうしても引っかかってしまい、ランカシーレ女王は休憩所から出られなくなりました。
「なんてこと!」
 ランカシーレ女王はドレスを思いきりたくし上げて、ハイヒールで垣根の幹をなんども蹴りつけました。しかし垣根は一向にランカシーレ女王に道をあけてくれませんでした。
「どうかしましたか?」
「垣根が倒されていて、通れないのです」
 パクリコンは様子をよく見るためにランカシーレ女王の傍へと近づいてきました。
「どれどれ」
 パクリコンが何気なくランカシーレ女王の腰に手をやり垣根を覗きこもうとした瞬間、ランカシーレ女王の全身にびくりという痙攣が走りました。
「きゃあっ!」
「シエル!? どうしました!?」
 パクリコンはランカシーレ女王が倒れそうになるのを抱きかかえました。しかしランカシーレ女王はそれどころではありません。パクリコンに触れられている部分がじんわりと火照ってゆくのを感じていたからです。
「も、もう結構でございます! この程度、乗り越えられますから!」
 ランカシーレ女王は長くたなびくドレスのトレーンやガウンの裾を手繰り寄せ、小脇に抱えました。ドレスがめくれ、ランカシーレの生足が顕わになりました。
「シエル! そんなはしたないことをしてはいけない! 俺が垣根をどけてやるから、待つんだ!」
 パクリコンはそう言いましたが、既にランカシーレ女王は垣根を乗り越えようとしていました。
「お近づきにならないで! 私が何をしようと、私の勝手でしょう!?」
「違うんだ、シエル! そこを動くんじゃない!」
「お黙りになって!」
 ランカシーレ女王は生足で垣根を跨ぎきりました。
「では、さようなら!」
「待て、シエル!」
 ランカシーレ女王は走り出そうとしました。しかしランカシーレ女王はドレスを抱えていたため見えなかったのでしょうか、地面と同じ色をした垣根の大きな枝がそこに横たわっていることに気が付かず、「きゃあっ!」と悲鳴を上げて転んでしまいました。
「シエル!」
 パクリコンは垣根をメキメキッとどかせて、ランカシーレ女王のところへと走り寄りました。ランカシーレ女王は慌てて立ち上がろうとしましたが、小脇に抱えていたドレスとガウンの裾を離してしまったがために、なかなか起き上がれません。何度起き上がろうとしても、ドレスの裾を踏んでしまいます。ランカシーレ女王の息は次第に荒くなり、火照ったものとなってきました。
「シエル! 俺の手を持つんだ!」
「いやっ!」
 業を煮やしたランカシーレ女王はドレスをありったけたくし上げて腰に巻き付けました。ドレスはめくれて、もう少しで下着が見えてしまいそうです。
「シエル! そんなはしたない真似はよせ!」
「いやっ! だったらあなたがキスして!」
 ランカシーレ女王は思わず叫んでいました。
「あなたが私にキスなさい! でないと私はこのまま走り去ります! それでも良いのですか!?」
「どうして見ず知らずのご婦人にキスをしなければならないんだ!? シエル、君はそんな人だったのか!?」
 パクリコンはランカシーレ女王に激しい語気で尋ねました。ランカシーレ女王は、
「バカ!」
と叫び、パクリコンに平手打ちをして走り去っていってしまいました。
 頬がひりひりと痛みはじめたパクリコンは、ただその場に呆然と立ち尽くすよりほかありませんでした。

 執務室にてランカシーレ女王を待っていたのは、ひょろ長く老けた大臣による接吻でした。しかしランカシーレ女王はそれに嫌悪感を抱くよりも深く、パクリコンに平手打ちをしてしまったという記憶を何度も反芻していました。
「……あのようなことをするつもりではございませんでしたのに。なんと愚かなことを……」
 ランカシーレ女王はとぼとぼと玉座に戻り、執務を再開することにしました。しかし違和感を覚えたランカシーレ女王は、やがて目の前にひょろ長く老けた大臣が立っていることに気づきました。
「何です? もう用は済んだはずです。執務に集中なさい」
「それがですね、女王陛下」
 ひょろ長い大臣は一枚の羊皮紙をランカシーレ女王に見せました。その羊皮紙には、ゴットアプフェルフルス国の南方に住む解呪師がランカシーレ女王の呪いを解きにやってくる、という主旨の文章が書かれてありました。
「……解呪師でございますか」
「はい。女王陛下の呪いも、すぐさま解いてくれますでしょう」
 ひょろ長い大臣はにんまりと笑いました。ランカシーレ女王は半信半疑のまま「そうですか」とだけ返し、執務を続けることにしました。

 ランカシーレ女王は午後の執務を終え、午後六時の接吻も無事に済ませました。ランカシーレ女王は「気分がすぐれないので、散歩をしてまいります」と大臣に告げて、執務室を出ました。
 ランカシーレ女王の足は自然と城庭へと向かっていました。城庭を見渡せるテラスから階段を使って降りて、ランカシーレ女王は城庭の一角にある垣根の迷路の前に立ちました。
「……もう一度会わねばなりません」
 ランカシーレ女王はドレスをたくし上げて、垣根の迷路の中を進んでゆきました。
 ランカシーレ女王がくだんの休憩所にたどり着いた時、ランカシーレ女王がパクリコンを見つけるより先に「シエル!」という声が投げかけられました。
「シエル! 一体どうしたっていうんだ! あまり人のことを知ったかのような口ぶりをすることは好きではないが、まるで……あの時の君は豹変したかのようだった! 心配したんだぞ!? もう大丈夫なのか!?」
「ええ、お気になさらず。ご心配をおかけしたことは大変申し訳ないと思っております」
 心配そうな表情のパクリコンは道を開け、ランカシーレ女王を中に通しました。ランカシーレ女王が椅子に座り、続いてパクリコンが椅子に座っても、パクリコンは怪訝な表情を取りやめませんでした。
「……なにかお聞きになりたいことでも?」
「あるさ、シエル。俺が一番聞きたいのは、どうしてああなっちゃったかってことだ。何か俺が気に入らない事でもやったのか? それとも嫌なことでも思い出したのか? 話してくれたっていいじゃないか」
「……あなたには関係ありませんもの」
 ランカシーレ女王は、そう言ったそばから心の中で「私のバカ!」と己を罵りました。気を引きたいがためにわざとつれない言葉を放つなど、浅ましい女のやることだとランカシーレ女王は分かっていたからです。
 しかしそれでもパクリコンはランカシーレ女王にこう言いました。
「なあ、シエル。確かに俺は見ず知らずの相手だ。今日会ったばかりだし、ろくにお互いのことを知らない。そんな相手に身の上話をするだなんて、確かに意味がないことかもしれない。……だが、お互いによく知らないからこそ気楽に話せることもあるんじゃないか? 幸い俺はシエルの本名を知らない。身分だって生まれだって知らない。だからこそ吐きだせることだってあるんじゃないか? ……そのためにシエルはここにまた来てくれたんじゃないのか?」
 ランカシーレ女王はぎゅっとドレスの裾を握りしめました。目頭が熱くなり、頬が痙攣しました。
「……申し上げても笑わないでしょうか?」
「笑うものか! シエルの悩みは俺の悩みでもあるんだぞ!?」
 ランカシーレ女王はさらに強くドレスの裾を握りしめました。ランカシーレ女王は意を決して、パクリコンに言いました。
「……私はある病に侵されています。それゆえに、定期的に薬を飲まないと発作が起きてしまうのです。発作が起きると感情的になってしまい、目の前の男性にキスをせがんでしまうのです。情けないことだとは分かっていますが、どうしても自分を止められないのです」
 ランカシーレ女王は消え入るような声でそう言いました。するとパクリコンはランカシーレ女王の隣に椅子を運び、座って言いました。
「シエル、何も情けないことなんかじゃない。病とはそういうものだ。薬を飲んでコントロールできるのならいいじゃないか。シエルは立派な女性だ。発作が一時的に人を変えてしまうだけなんだ。シエルは何も悪くない。シエルはよくここまで耐えてきた。……偉いぞ、シエル」
 ランカシーレ女王はパクリコンのほうを見ました。パクリコンは目を細めて、ランカシーレ女王の頭を撫ぜました。ランカシーレ女王はくしゃっと顔をゆがめ、目尻に涙を浮かべながらパクリコンの胸に己を委ねました。そんなランカシーレ女王の肩をパクリコンは優しく抱き、言って聞かせました。
「今までよっぽどつらかったんだな。でももう心配は要らない。俺はちゃんとシエルの辛さを受け止めてやるから。俺がいつでもシエルに薬を届けてやるから。な?」
 ランカシーレ女王は、パクリコンに言われるがままに泣き腫らし、パクリコンの腕の中で縮こまっていました。パクリコンはそんなランカシーレ女王をただただ撫ぜてやっていました。

 翌日のこと、午前の執務は取りやめになり、解呪師との面会が行われることになりました。ランカシーレ女王は解呪師なる存在に半信半疑でいましたが、少なくとも己にかけられた呪いが存在することは事実ですので、大臣の勧めも相俟って解呪師と会うことを決めたのでした。
 ランカシーレ女王が玉座にて待っていると、入り口の扉が開いて二人の大臣と一人のフードをかぶった男が入ってきました。ともに老いている大臣達とは異なり、フードをかぶった男は背が高く、フードから垣間見える目は若い力に満ち満ちていました。
 玉座の前にひざまずいたその男は、大臣から「この男が解呪師です、女王陛下」と紹介を受けました。
 解呪師は口を開きました。
「女王陛下、ご機嫌麗しゅうございます。此度は女王陛下にかけられた呪いを解くために、はるばるやって参りました。まずは女王陛下、呪いをかけられたときのことをお話しになってはくださりませんか? 今から何年前、どこでその呪いをかけられたのかをお話し下さい」
「……いいでしょう」
 ランカシーレ女王はいまだに解呪師に信頼を置けていませんでしたが、話すだけ話しても不利益は無かろうと見込んで話し始めました。
「あれは今から五年前、私がオストシュタットという街の外れにある果樹園を散歩していたときのことです。突如として近衛兵が何者かによって攻撃を受けました。無防備となってしまった私は、その何者かに杖で激しく一突きされました。私はよろめいて倒れてしまいましたが、その何者かはそれ以上私に何もせず、すぐに逃げて行ってしまいました。……問題はそこからでした」
 ランカシーレ女王は一息ついて、重い口を開きました。
「一日に三度ほど、どうしても下腹部が疼くようになりました。はじめは大したことのない疼きだと思っていたのですが、次第にその疼きを抑えられなくなりました。疼きはじめると、誰彼かまわずキスをしたくなってしかたがないのです」
 ランカシーレ女王の話を、解呪師はフードの奥でじっと聞いているようでした。ランカシーレ女王は続けました。
「私は女王です。女王がこのようなはしたない振る舞いをするだなど、他の者に知られてはなりません。そこで私はそこにいる二人の大臣にのみ事情を話し、定期的にキスをしていただくようにいたしました」
「もしキスをしなかった場合、どのようなことになるのでしょうか?」
 解呪師はフードの奥からくぐもった声で尋ねました。ランカシーレ女王は答えました。
「分かりません。ですが……おそらく愛欲に溺れてしまうことでしょう。いくら経験が無いとはいえ、あれは間違いなく身体を求める衝動そのものでしょうし……」
 ランカシーレ女王はため息を吐きました。しかし解呪師はそのランカシーレ女王のため息を聞くや否や、立ち上がって言いました。
「女王陛下! どうかご安心ください! 女王陛下にかけられた呪い、それも間違いなく沸欲の呪いを解いてみせましょう!」
「ほんとうですか!?」
 ランカシーレ女王は思わず声が上ずってしまったことに気づきました。解呪師は答えました。
「もちろんですとも。ではさっそく解呪に取り掛かりましょうか」
「お願いいたしますわ」
 ランカシーレ女王は両手を合わせ、目を細めました。
 解呪師は大臣に向かって言いました。
「では両大臣殿、どうか女王陛下の両手を押さえておいてください。解呪の間、女王陛下にはじっとしていただかねばなりません。念のため、両大臣殿には女王陛下の両手を動かさぬよう、お願いいたします」
「任されよ」
 二人の老いた大臣は立ち上がり、それぞれ玉座の隣まで近づいてきました。そしてランカシーレ女王の両手をそれぞれ玉座に押さえつけました。
 解呪師は続けました。
「では解呪に取り掛かります。女王陛下、何があっても抵抗せず、体の力をお抜きになっていてください」
「分かりました」
 ランカシーレ女王は深呼吸して答えました。
 解呪師は玉座に一歩、また一歩と近づきました。そして懐からおもむろに七十センチほどの長さの木製の杖を取り出しました。
「では、女王陛下。まいります」
 解呪師はゴットアプフェルフルス国の言葉ではない言葉の呪文を唱え始めました。解呪師はランカシーレ女王にじっと目を合わせたまま、淡々と呪文を唱え続けました。ランカシーレ女王はその呪文に、不思議と安堵の感を抱きました。
 解呪師は杖の先端をそっとランカシーレ女王の下腹部に近づけました。呪文が唱え続けられる中で、やがて杖はランカシーレ女王の下腹部にぐいっと触れました。ランカシーレ女王は、ほのかに下腹部が熱くなるのを感じました。
 そのときです。下腹部がビクンと激しく痙攣し、ランカシーレ女王は内から湧き上がる衝動を抑えられなくなりました。
「いやあっ、いやあああっ! 助けて! 助けてえええっ!」
「動いてはだめです! 両大臣殿、しっかりと押さえていてください!」
 解呪師はなおも呪文を唱え続けました。ランカシーレ女王はふつふつと熱くなる身体に恐怖を抱きながら、ただただ心臓が早鐘を打つ中で呪文を聞くよりほかありませんでした。
 やがて解呪師は呪文を唱える声を次第に大きくしていきました。それにともない、ランカシーレ女王の身体の奥から湧き出でてくる衝動も激しくなっていきました。もし両手を大臣に押さえつけられていなかったら、今頃走り出していたことでしょう。それくらいに、今まで感じたことの無い激しい衝動とランカシーレ女王は戦っていたのです。
 その熱く胸を打ちつける衝動は、次第に高まっていきました。最初はランカシーレ女王のみぞおち辺りで脈打っていたその衝動は、肺や胃袋を次第に飲みこんでいき、今や喉の奥から飛び出してしまいそうな勢いです。ランカシーレ女王は自分がこれからどうなってしまうのか、という恐怖の中でその衝動を必死に抑えようとしていました。
 しかしついにその衝動はランカシーレ女王を打ち負かしてしまいました。その衝動はランカシーレ女王の喉の奥から頭のてっぺんを突き抜け、ランカシーレ女王を満たしてしまったのです。
「いやああああああああっ!」
 ランカシーレ女王は悲鳴を上げて、ぐったりと玉座にもたれかかってしまいました。
 解呪師は呪文を唱えるのをやめました。解呪師は杖を下げ、大臣たちにこう言いました。
「……大臣殿、これで準備は整いました」
「おお、ついにやってくれたか」
 二人の大臣はランカシーレ女王の手を押さえつけるのをやめました。
 解呪師はフードを取り去り、ランカシーレ女王の顎に手をやりました。
「さあ、女王陛下。お目覚め下さい」
 その声を聞いて、ランカシーレ女王はゆっくりと目を開けました。とろんとした蠱惑な視線で解呪師を捉え、そして甘い声でこう言いました。
「ああ……早く私をお抱きになって……!」
 解呪師と二人の大臣はその言葉を聞いてにやりと笑いました。
 解呪師は玉座の前に屈み、ランカシーレ女王を抱きしめました。そしてランカシーレ女王の乳房を揉み、恥部に指を這わせました。しかしそれでもランカシーレ女王はクスクスと笑うばかりで、少しも抵抗しようとしません。そればかりか、
「もっと奥にお入れになって……!」
と甘く気怠い声で言う始末です。解呪師は、
「女王陛下。あなたはもう、性が無くては生きていけません」
と囁いて、ランカシーレ女王の乳首を指でつまみました。
 背が低くよぼよぼな大臣は解呪師に尋ねました。
「解呪師よ。これでもう女王陛下が正気に戻ることは無いのかね?」
「無いですね、誰かが女王陛下と十五秒間キスをし続けない限りは」
 解呪師はそう答えてランカシーレ女王の頬をぺろりと舐めました。ランカシーレ女王はクスクス笑って、解呪師の頬にキスを返しました。
 ひょろ長く老けた大臣は言いました。
「ではしばらくは女王陛下の代わりに摂政を立ててまつりごとを行わせましょう。その間我々は、性を貪るとしますかのう」
 ひょろ長く老けた大臣はランカシーレ女王の乳房に手を這わせ、何度も揉みしだきました。
 解呪師はランカシーレ女王の首回りに何度もキスをし、背が低くよぼよぼな大臣はランカシーレ女王の脚を何度もさすっていました。
「さすがは解呪師だ。……いや、呪術師と呼ぶべきだろうか」
「呪術師ですね。なにせ、私が女王陛下にかけた呪いがこんなにも長続きするとは思ってもみなかったものですから」
 背が低くよぼよぼな大臣の問いに、呪術師はにやりと笑いながら答えました。
「何なら途中で呪いをかけ直そうかとも考えてはいましたが、どうやら大臣殿がキスを続けてくださったおかげで呪いが強まっていたようです。これまで両大臣殿が女王陛下の身体で遊んでくださったおかげだとも言えましょう」
「我々のおかげだと思うのであれば、ぜひとも礼をしていただきたいところですな」
「それはもちろんですよ。もっとも、女王陛下の身体で、ですがね」
 呪術師も二人の大臣も、ランカシーレ女王の身体を弄びながら下品な笑い声をあげました。ランカシーレ女王はなされるがままに「やぁん」と甘い声を立てていました。
「では、本番とまいりましょうか」
 呪術師はランカシーレ女王にキスをしたかと思うと、ランカシーレ女王のドレスをたくし上げました。ランカシーレ女王の生脚が顕わになり、これまで誰も見たことの無かった真っ白な下着が姿を現しました。
「女王陛下、ご挨拶です」
 呪術師はランカシーレ女王の下着にキスをしようと屈みました。
 そのときです。コンコン、と部屋の扉からノック音が響きました。呪術師と大臣はピタリと動きを止め、部屋にしんとした静寂が訪れました。すると扉の向こうから声が聞こえてきました。
「ノルトティロール領の三等貴族、パクリコン・イーコッカが参上いたしました。是非とも女王陛下にお願いいたしたいことがございます」
 それを聞いた背の低くよぼよぼな大臣は、荒く足音を立てながら扉の方へと走っていきました。そして扉をわずかに押し開けて、その先にいたパクリコンにこう怒鳴りました。
「馬鹿者! 今は女王陛下は執務中でいらっしゃるぞ! お前のような卑しい貴族が来てよい時間帯ではない! 帰るが良い!」
「執務中であればなおのこと、女王陛下に直々にお願いがございまして。実は王室お抱えの芸術家についてのお話なのですが……」
 パクリコンの話が長くなりそうなことを予感した大臣は、再びパクリコンに怒鳴りました。
「馬鹿者! そのようなくだらない話など、女王陛下は興味無いわ! 帰るが良い!」
 その時のことでした。あまりにも大臣の声が大きかったからでしょうか、ランカシーレ女王は「どなたかいらっしゃるのー……?」と甘い声を立てました。
 パクリコンは一瞬、思考が停止するのを感じました。しかしややあってパクリコンは大臣に尋ねました。
「この部屋の中にシエル……いや、ある女性がいらっしゃるのではありませんか!? 是非お話がしたいのですが!」
「ええい、黙れ! シエルなどという女などいない! それに誰かがいたとしても、お前と話などしない! 帰れ!」
 大臣は慌てて扉を閉めようとしました。しかしパクリコンは力ずくで扉が閉まるのを防ぎ、
「シエル! シエル! いるんだろう!? いたら返事してくれ!」
と叫びました。すると部屋の中から、
「あらー……パクリコンさん……? こっちにいらっしゃいな……」
という声が響いてきたではありませんか。
「シエル! 大丈夫か!? なんだか様子が変だぞ!? ええい、大臣! 扉を開けてください!」
「だめだ!」
 パクリコンと大臣の押し問答は続きます。するとパクリコンは、
「だめだと言われたならば……!」
と言い、大臣の目元に思いきり唾を吐き散らしました。
 思わず大臣は扉の取っ手から手を離し、目を擦ります。扉が開かれ、パクリコンは執務室へとなだれ込むように入りました。
「シエル!」
 そこにいたのは、あられもない恰好で玉座に座ったままのランカシーレ女王と、その下腹部をまさぐる大臣、そしてランカシーレ女王の乳房を揉む背の高い男でした。
「貴様ら! シエルに何をしているんだ!?」
「シエル? 誰だそれは。それにお前こそ何をしに来たんだ」
 背の高い呪術師はパクリコンに尋ね返しました。
「ここにシエルなどという女はいない。ここは女王陛下の御前だ。言葉を慎め」
「そんな……じゃあシエルは……」
 パクリコンは、玉座に座る女性を愕然とした面持ちで見つめました。かつてシエルと呼び親しく話をし、肩を抱かれ涙を見せてくれたその女性は、玉座で乳房と生脚をさらけ出していました。
「……」
 パクリコンはシエルと名乗った女性が話してくれた「病」について思い起こしていました。キスをせがみたくなる病、衝動が抑えられなくなる病。そしてその病をこの男たちは利用しているのだ、という事実を、パクリコンは認識しました。
「……そういうことか」
 パクリコンは背の高い呪術師と、玉座の近くに立っていた大臣、そして今しがた目に吐きかけられた唾を擦り終えた大臣を順に睨みつけました。
「女王陛下を元に戻せ」
 パクリコンは冷静な声で言いました。しかし呪術師はあざけるように答えました。
「元に戻す? バカを言うな。もとから女王陛下はこうなんだよ」
「そんなはずはない! 軽々しく女王陛下の御身体に触れるな! お前達が女王陛下の病を利用しているだけだろう!?」
 呪術師はそれを聞いて高笑いをしました。そしてパクリコンに向かってこう吐き捨てました。
「病! これは傑作だ! 女王陛下はお前なんぞには病としか言っていないのか! 所詮お前はその程度だってことなんだよ!」
「なんだと!?」
 パクリコンの言葉を聞いて呪術師はおもむろに剣を抜き、パクリコンに一歩近づきました。パクリコンが思わずたじろいだ隙に、二人の大臣も剣を抜きました。パクリコンは、謁見のために帯剣を解いてきたことを思いだしました。
「……万事休す、といったところか……」
「そのとおりだ」
 呪術師はパクリコンに剣をむけたまま言いました。しかしパクリコンはニヤリと笑ってこう答えました。
「まだ本当の万事は休していないけれどなぁッ!」
 背後から大臣が斬りかかってくるのを察したパクリコンは、振り向きざまに懐から金属の筆を取り出して大臣の剣を弾きました。
「大臣にはこれで充分だッ!」
 パクリコンは、よろめいた大臣の眉間に勢いよく筆の柄を叩きつけました。大臣は「うっ」と呻き、そのまま目を回して倒れて気絶してしまいました。
「こしゃくな!」
 パクリコンに、背の高い老けた大臣が斬りかかりました。パクリコンは逆手で筆を持ち、大臣の剣の切っ先を弾いたかと思うと、懐から取り出した刷毛の柄で思いきり大臣のみぞおちを突きました。刷毛の柄は確実に大臣の内臓を抉り、大臣の気を失わせました。
 パクリコンは呪術師を睨み付けました。
「教えろ。どうやったら女王陛下は元に戻るんだ」
「教える義理なんか無いな」
 呪術師はそう言って、パクリコンに剣で斬りかかりました。大臣とは違って力の強い呪術師の剣は重く、筆一本では少し切っ先を逸らせるだけで精一杯でした。
「たかが筆で何ができる! 所詮お前は下等絵描きなんだよ!」
 呪術師はそう叫んでさらに斬りかかってきました。パクリコンの筆の柄は確実に剣の軌道を逸らせていきました。しかしやがて呪術師が力に任せて叩きつけた剣によって、パクリコンの筆を弾き飛ばされてしまいました。
「これで終わりだ!」
 呪術師は剣を振りかざしました。絶体絶命です。しかしパクリコンは諦めません。パクリコンは懐から膨れ上がった革の袋を取り出し、呪術師に向けて思いきり中身の絵の具を噴出させました。その緑の絵の具は呪術師の目を直撃し、呪術師の視界を緑で埋め尽くしました。
「なんだ……ッ!? ぐっ……!」
「おっと、下手にこすると失明するかもしれないぜ!」
 パクリコンは呪術師の右腕に筆の柄を叩きつけました。呪術師は思わず剣を取り落してしまいました。
「絵描きの本気ってものはなぁッ!」
 パクリコンは呪術師の喉を刷毛の柄で打突しました。呪術師は「がはあっ」と血の混じった唾を吐いて咳き込みました。
「一人の女性を守るためにあるんだよッ!」
 パクリコンは呪術師のうなじに細い金属製の筆の柄を抉りこませました。呪術師の頸椎は歪み、呪術師は一切の意識を失って倒れてしまいました。
「……ちょっとばかり、やりすぎてしまったかもしれんが、……まあいい、罰などいくらでも受けてやる。それよりも、だ」
 パクリコンは玉座へと近づきました。そこにははだけたドレスによって乳房と生脚が顕わになったランカシーレ女王が、蠱惑な目をしたまま座っていました。
「……女王陛下。どうやったら元に戻るんだ……」
 パクリコンは頭を抱えました。
 そのときパクリコンは思い出しました。あのとき垣根の迷路の休憩所で、シエルが「だったらあなたがキスして!」と叫んだことを。
「……キスをすれば元に戻るのか……?」
 パクリコンは玉座の前にひざまずきました。不思議そうに小首をかしげるランカシーレ女王に、パクリコンはそっと己の顔を近づけました。
「……女王陛下、失礼いたします」
 パクリコンはランカシーレ女王の両頬に手をやり、深い接吻を施しました。ランカシーレ女王は「んんっ」と甘美な声を上げて、パクリコンの首回りに腕をまわしました。
 パクリコンはキスの効力に藁をもすがる思いでおり、
「元に戻るまでキスを続けよう」
と心に決めていました。いくらランカシーレ女王が接吻の中で舌を絡めて来ようとも、キスだけはやめるつもりはありませんでした。
 やがて十五秒ほど経った頃でしょうか、ランカシーレ女王は力を失ったかのように、両腕をパクリコンから離しました。ランカシーレ女王は舌を絡めるのもやめました。キスをするために前かがみになっていた姿勢も解き、玉座の背もたれに倒れかかりました。しかしそれでもパクリコンはキスをやめませんでした。「元に戻ってくれ」という思いを込めて、パクリコンはキスを続けていたのです。
 その様は、まるでパクリコンとランカシーレ女王だけの時間が止まってしまったかのようでした。
 そのときでした。ランカシーレ女王は「んん……」と呻き、うっすらと目を開けました。
「……パクリコン……さん……?」
「元に戻られましたか、女王陛下!」
 パクリコンは接吻をやめ、ランカシーレ女王の傍から離れました。ランカシーレ女王はおぼろげな声で、
「私は……一体今まで何を……?」
と尋ねました。パクリコンはランカシーレ女王に優しく言いました。
「女王陛下。近衛兵をお呼びください。ここに倒れている男と二人の大臣が、女王陛下にみだらな行為を行おうとしていました」
「みだらな行為……?」
 ランカシーレ女王は己の姿を見やりました。顕わになっている乳房、はだけたドレスの裾から伸びる生脚。それらを見たランカシーレ女王は、とっさに己のドレスを正しました。
「なんてことを……! 先ほど解呪師が私に何か術をかけていたようでしたが、まさかこんな……こんなみだらなことをしていただなんて……!」
「しかし女王陛下、ご安心ください。事は未然に防ぐことはできましたから」
「未然……?」
 パクリコンの言葉をランカシーレ女王はしばらく反芻していましたが、やがて事態を理解したのか顔を赤らめました。ランカシーレ女王は咳払いをし、やがて手をパンパンと叩きました。
 すると部屋の扉から、鎧をまとった兵士が三人現れました。
「いかがなされました、女王陛下?」
 一番体格の良い兵士がランカシーレ女王に尋ねました。ランカシーレ女王は言いました。
「今すぐそこに倒れている男と二人の大臣を、牢に入れなさい。私を犯そうとした重犯罪人です」
「はっ!」
 ランカシーレ女王の命令により、呪術師と大臣は兵士たちに担がれました。
 そのとき、兵士に担がれた呪術師は目をさまし、口を開きました。
「女王陛下……! ぐっ……元に戻ることができただなんて……!」
「当然です。私には、私を救ってくださる方がいらっしゃいますもの」
 ランカシーレ女王は玉座からはっきりした声で答えました。しかし呪術師は不敵な笑いを浮かべながら続けました。
「だが女王陛下、あの呪いは完全には消滅しないのだ。なにしろ絶頂を迎えた女王陛下とキスした者に、あの呪いは移ってしまうのだからな! 俺の呪いは完璧なのだ! 女王陛下、あなたを救った男とやらはいつまでも呪いで苦しみ続けるのだ! そう、女王陛下、お前のせいで苦しみ続けることになるのだ!」
「誰が女王陛下のせいで苦しみ続けるって?」
 そこにパクリコンが割って入りました。呪術師は思わず歯ぎしりをしましたが、パクリコンは構わず言いました。
「俺は俺の意思で女王陛下の呪いを解いた。代わりに俺が呪われても構わない。なぜなら女王陛下の苦しみは俺の苦しみだからだ。……今のお前では、この程度の思いすら到底理解できまいがな」
「……フン、理解したくもないわ」
 呪術師はそう吐き捨てるかのように呟き、そのまま兵士に担がれて牢へと連れていかれました。
 執務室にはランカシーレ女王とパクリコンだけが残されました。
「これでもう安心です、女王陛下」
「パクリコンさん……。ああ、私のせいであなたが苦しむはめになるだなんて……!」
「はっはっは、構いませんってのに。呪いなんてものは、身体の丈夫な奴が蓄えておけばいいんですよ」
「そうでしょうか……」
 ランカシーレ女王は申し訳なさそうな表情でいましたが、パクリコンはいつもの陽気な声で笑っていました。
 そのときふとランカシーレ女王は、パクリコンがランカシーレ女王をいつもの呼び名で呼んでいないことに気づきました。
「ところで、あの……いつお気づきになったのです……? その……私が女王であるということに」
「この部屋に来てすぐでした。なにしろここを女王陛下の御前だと言われたのですから」
「そうでしたか……」
 ランカシーレ女王はバツの悪い表情でうつむきました。しかしパクリコンは明るく言いました。
「お気になさらず、女王陛下。たとえ貴女が誰であろうと、私は貴女とともにおりたいのですから」
「ありがとうございます、パクリコンさん……。何とお礼を申し上げたらよいやら……」
 ランカシーレ女王は、先ほどまではだけていたドレスをぎゅっと握りしめながら口ごもりました。それを見たパクリコンは、はっはっは、と笑いこう言いました。
「でしたら女王陛下、ぜひとも俺を王室お抱えの絵描きとして雇ってください。俺は貧乏貴族の生活にはおさらばし、絵描きとしてやっていきたいのです。いかがでしょう?」
「えっ、あっ、あの……」
「だめでしょうか?」
 パクリコンはランカシーレ女王の目をじっと見つめました。ランカシーレ女王は思わずパクリコンの顔に見とれ、やがて、
「だめなものですか。是非とも王室お抱えの絵描きとなりなさい」
と優しい声で言いました。
「ありがたき幸せです、女王陛下」
 パクリコンはひざまずき、ランカシーレ女王の右手に接吻をしました。
 建物の外から、時計台が鐘を打つ音が響いてきました。気付けばもうお昼の一時です。しかしランカシーレ女王はその時計の鐘の音を聞いてはっとなりました。
「パクリコンさん! お身体はいかがですか!? その……この時刻になると、身体が疼いてしまってならなくなるのです!」
「身体が疼く……?」
 パクリコンはきょとんとした表情でいました。しかしやがて、パクリコンは急に下腹部を押さえてうずくまってしまいました。
「パクリコンさん!?」
「いえ、大丈夫です、女王陛下。少し……身体が熱くなってきたものですから、つい……」
「それです! それが呪いなのです!」
 困ったように見上げるパクリコンに、ランカシーレ女王は言いました。
「それを抛っておくと、衝動が抑えられなくなるのです。パクリコンさん、至急それを静めなければなりません」
「静める、って一体どうやって……?」
 パクリコンは怪訝な面持ちでいました。しかしランカシーレ女王は玉座から立ち、パクリコンの前にしゃがみました。ドレスの裾がふわりと床に広がりました。
「パクリコンさん。こうやるのです」
 ランカシーレ女王はパクリコンの両頬に手をあてがい、そのままパクリコンの口唇に優しく接吻をしました。パクリコンは急なことでどぎまぎしていましたが、やがて身体の奥底に衝動が静まってゆくのを感じました。ランカシーレ女王との接吻は長く長く続きました。
 ランカシーレ女王はゆっくりとパクリコンから唇を離し、
「ね? 静まったでしょう? こうすればよろしいのです」
と言いました。パクリコンはしばらくの間、下腹部を押さえていましたが、やがて、
「確かに静まりましたが……逆に心臓の鼓動が静まらなくなってしまいました」
と言いました。
 パクリコンもランカシーレ女王もふふっと笑いました。
「パクリコンさん。私を救ってくださった大切な大切なパクリコンさん。これからは私があなたにキスを施してさしあげます。ですからご安心なさい。あなたが今後、衝動に飲みこまれることは無いでしょう」
「女王陛下……」
 パクリコンは頬が熱くなるのを感じました。しかし冷静さを取り戻したパクリコンは、ランカシーレ女王にこう言いました。
「しかしこの国をお治めになる女王陛下のお手を煩わせるわけにはいきません。要はキスをすればよいのでしょう? だったら俺は、その辺の女を捕まえてキスさせることにいたします」
「嫌っ!」
 ランカシーレ女王はそう叫び、パクリコンに抱き着きました。しどろもどろのパクリコンに、ランカシーレ女王は言いました。
「あなたが他の女性とキスをするだなんて嫌っ! 私とだけキスをなさって!」
「女王陛下……!?」
「だってあなたは……あなたは……!」
 ランカシーレ女王はパクリコンの目を見つめて言いました。
「私の呪いを解いて私を救ってくださった、世界でただ一人の絵描きさんですもの!」
 ランカシーレ女王は再びパクリコンにキスをしました。そのキスは情熱的で、互いの舌が絡まるほどでした。
 パクリコンは驚いていましたが、やがてランカシーレ女王の肩を抱いて言いました。
「分かりました、女王陛下。お気持ちにお応えしましょう。どうか俺の呪いを静めるために、俺とキスをしてください」
「パクリコンさん……!」
 ランカシーレ女王は目を細め、再びパクリコンとキスを交わしました。

 それからというもの、ランカシーレ女王の隣にはいつもパクリコンが付き添うようになりました。執務を行う時でも、城庭を散歩する時でも、いつもランカシーレ女王はパクリコンを従えていました。そしていつも決まった時刻になると、ランカシーレ女王はパクリコンを連れて、人気の無いところへと姿を消してしまうのでした。
 その日もランカシーレ女王はパクリコンとともに、城庭の垣根の迷路の中にある休憩所に一緒にいました。椅子に腰かけて優雅な午後のひと時を楽しんでいたランカシーレ女王は、近くに立っているパクリコンに言いました。
「さて、パクリコンさん。キスをいたしましょう」
「まだ午後の三時なのですが……」
 キャンバスを画架に広げようとしていたパクリコンは怪訝な表情で答えました。しかしランカシーレ女王は、
「何です? 私とキスをしたくないのです?」
と不満げな声を上げました。するとそれを聞いたパクリコンは、はっはっは、と笑い、
「女王陛下とキスできるのであれば、いくらでもしたいと思っていますとも」
と言ってランカシーレ女王の口唇に接吻を施しました。
 ランカシーレ女王はしばらくキスを楽しんでいました。しかしやがてランカシーレ女王は唇を離してパクリコンにこう言いました。
「いつもキスばかりでは物足りないでしょう? さあ、私をお口説きなさい」
「えっ、口説く?」
「そうです」
 パクリコンの問いにランカシーレ女王は簡潔に答えました。
「キスだけであなたが満足なさっているとは思えません。そこでひとつ私をお口説きになり、さらに仲を深めようではございませんか」
 ランカシーレ女王の言葉を聞いて、パクリコンは気まずそうな表情を浮かべました。
「女王陛下……実は、その……あまり女性を真剣に口説いたことがないので、ご期待に沿えるかどうか分かりませんが……」
「私の期待などお気になさらなくて結構でございます。あなたの思うように私をお口説きなさい」
 そう言ってランカシーレ女王は姿勢を正しました。
 パクリコンはしばらく宙を見つめていました。しかしやがてパクリコンは意を決したかのように鼻息を短く吐き、ランカシーレ女王のほうへと向きなおりました。
 パクリコンはランカシーレ女王を椅子から立たせました。そしてパクリコンはランカシーレ女王の両肩に手を置き、そのままランカシーレ女王の両腕に指を這わせました。ランカシーレ女王の繊細な肌をなぞり、ランカシーレ女王の腰に手をまわしました。そのままドレスのラインに沿って指をなぞらせ、パクリコンはランカシーレ女王の前にひざまずきました。
「女王陛下……いや、ランカシーレ」
 パクリコンは言いました。
「俺はあなたが欲しい。あなたとともに生き、あなたとともに暮らし、あなたとともに老いていきたい。あなたと愛を育み、あなたをいつくしんでいきたい。あなたに、俺の全てを捧げたい。愛おしくて愛おしくてならないあなたこそが、俺の全てだ」
 パクリコンはポケットから小さな木箱を取り出しました。パクリコンがその蓋を開けると、中には銀でできた指輪が収まっていました。
「ランカシーレ。俺と結婚してくれませんか?」
 パクリコンの言葉にランカシーレ女王は茫然となり、何も言葉が出てきませんでした。ひざまずいたパクリコンが捧げようとしている指輪から目が離せず、ランカシーレ女王は思考が停止するのを感じました。
 そのうち次第に冷静さを取り戻し始めたランカシーレ女王は言いました。
「あ、あの……確かにお口説きなさいとは申し上げましたが……、まさかここまで準備をなさっていただなんて……」
 ランカシーレ女王は脚がふらつくのを感じました。ドレスが急に重たく感じ、コルセットが腰を締め付けることに息苦しさすら覚えました。ガウンが風にたなびく音も、己の芯をぐらつかせているかのように思えました。
「パクリコンさん……あの、女性を口説くということはですね……?」
 そう言いかけて、ランカシーレ女王はパクリコンの期待していることに気づき、ドレスをぎゅっと握りしめました。パクリコンは今、ランカシーレ女王の返事を待っているのです。そうであれば、ランカシーレ女王がすべきことは一つです。ランカシーレ女王はすーっと深呼吸し、パクリコンにこう告げました。
「パクリコンさん。お気持ちをお受けいたします。是非とも、私と結婚してくださいませ」
 その瞬間、パクリコンはランカシーレ女王に抱き着きました。ランカシーレ女王の豊満な胸に顔をうずめ、ランカシーレの頬に何度も何度も接吻をしました。
「パクリコンさん……?」
「もう、緊張したんですよ、女王陛下!」
 パクリコンはランカシーレ女王に真っ赤な顔で言いました。
「どうしてすぐに返事をしてくれなかったんですか!? 俺はてっきり、女王陛下が断る理由を探しているのかと思いましたよ! まったくもう! 俺の一世一代のプロポーズを長引かせないでください!」
 パクリコンはそう言って、再びランカシーレ女王の胸に顔をうずめました。ランカシーレ女王は言いました。
「だってパクリコンさん……普通は女性を口説くとなると、愛している、だとか、抱きしめたい、だとか言うものです。それを何ですか、結婚しようだなんて……。もう少し段階を経なさい。私までどきどきしてしまいました」
「だから言ったでしょう!? 俺は女性を本気で口説いたことなど無い、と!」
 ランカシーレ女王の胸の中でパクリコンはもごもご言いました。ランカシーレ女王はそんなパクリコンの頭を撫ぜて、優しく言いました。
「パクリコンさん。私と結婚すると大変ですよ? 私は嫉妬もしますし、気分に任せて言いたいことも言います。それでもよいのですか?」
「そんな女王陛下と俺は結婚したいんです! 何をいまさらおっしゃる!」
 パクリコンはがばりと顔を上げてそう叫んだかと思うと、再びランカシーレ女王の胸に顔をうずめました。ランカシーレ女王は続けました。
「それに王配になれば、あまり絵を描いていられなくもなりますよ? それでもよろしいのですか?」
「絵を描く王配がいてもいいじゃないですか! 俺はどちらもやりとおします! それがこのゴットアプフェルフルスの王配です!」
 パクリコンはランカシーレ女王の胸の中で叫びました。ランカシーレ女王はそんなパクリコンに告げました。
「でしたらあなたは私の立派な伴侶となるでしょう。良き王配として、この国をお治めください」
 ランカシーレ女王はぎゅっとパクリコンを抱きしめました。
 パクリコンはランカシーレ女王の腰に手をやり、そのまま乳房へと指を這わせました。ゆっくりと乳房を揉みしだき、パクリコンはランカシーレの口唇に熱い接吻を施しました。
「女王陛下……」
「パクリコンさん。だめです、いけません」
「女王陛下……キスだけでは抑えきれないんです……」
「そんな、だめですって……」
 ランカシーレの言葉も虚しく、ランカシーレの両乳房はパクリコンの両手によって覆われ、今にも握りつぶされそうになっていました。パクリコンは続けました。
「女王陛下……あなたの全てが欲しい……。もう我慢できません……!」
「ああっ、いやぁん……っ!」
 パクリコンはランカシーレ女王に抱き着きました。ランカシーレ女王は思わずドレスの裾を踏んでしまい、バランスを崩してパクリコンもろとも芝生の上に倒れ込んでしまいました。パクリコンに覆いかぶされた状態で、ランカシーレ女王は赤い顔で言いました
「んもう! パクリコンさん! 婚前にそのようなことをすることはあまり褒められたことではございません! ……ですが、その、パクリコンさんがどうしてもと仰るなら……!」
 ランカシーレ女王はパクリコンに向けてドレスの裾をゆっくりとたくし上げました。ドレスの裾からはランカシーレ女王のすらりと伸びた生脚がゆっくりと見え、豊満な太腿が姿を現しました。するとパクリコンは、はっはっは、と笑い、ランカシーレ女王のドレスの裾を元に戻しながらこう告げました。
「女王陛下。お気持ちだけ受け取りますよ、ありがとうございます。続きは結婚してから、落ち着いてすることにしましょう」
 パクリコンの言葉にランカシーレ女王はぽかんとなりました。やがてランカシーレ女王は、
「んもう! おからかいにならないで!」
と言ってパクリコンに抱き着きました。
 パクリコンもランカシーレ女王も、芝生の上で抱き合ったまま寝転がって、青い空を見上げて笑いました。

 ゴットアプフェルフルス国の女王は、かつて呪いをかけられていました。しかし今や、その呪いは完全に女王の身体から消え去っていました。それもそのはず、女王と結ばれようとしている男がその呪いの全てを背負ってくれているのですから。
 やがて女王は婚礼の儀を迎えました。女王の隣に立つ男は、かつては身分の低い貴族出身として見られていましたが、女王を守り抜いたその勇気と忠誠心によって、周囲の人々からも認められるようになりました。
 女王も男も、呪いがあったがゆえに結ばれた絆によってかたく結ばれていました。何があっても二人は乗り越えていけるでしょう。
 二人とも、幸あれ。
 ゴットアプフェルフルスに栄光あれ。

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