『ドキッ! 俺が女子高に転校!? 〜本当はツイているんです〜』






 俺は今日から新しい高校に通う。しかしただの高校ではない。なんと女子高だ。
 というのも俺は昨日のこと、両親が郵送でひと箱の段ボール箱を送ってきたからだ。その段ボール箱の中には近所の女子高のブレザーや鞄、今時のおしゃれアクセサリーなどに加えて一通の手紙が入っていた。そしてその手紙には、
「明日から海老名女子高校に通え。そして海老名女子高校でお前の未来の花嫁を見つけるのだ」
と記されてあった。
 俺の両親は仕事の都合で家にいない。その反動のためか、両親は俺の将来の結婚相手に関して口うるさいものだった。これまで「お前のためを思えば」というセリフに続いてありがたい御小言を何度戴いたことか、思いだせないくらいだ。そんな両親が「お前のためを思って、お前を女子高へ転校させてやったぞ」としたり顔で言うなんて、わけないことだろう。
 そして今、俺は女子高への道を歩いていた。いくら俺が中性的な顔つきをしているといっても、普段の恰好のままでは容易にばれてしまうことだろう。俺は肩まである銀髪をツインテールにし、ファンデーションやら口紅やらをインターネットを参考にしつつ自らに施し、おまけに腰がくびれて見えるようにコルセットを装着した。おかげで今まさに内臓が締め付けられる苦しさでいっぱいである。そうして完成した女装版俺は、我ながら可愛く見えた。
 そういうわけで、俺は世間に存在する「コスニー」という概念をなるべく想起しないようにしながら、登校しているのであった。
 海老名女子高にたどり着くと、俺はまず事務室に挨拶に行った。事務の人は俺を男だと疑うこともなく、
「はい、飯骨稼さんですね。はい、では今日から2-2へ転入することになります。はい、すぐにお友達はできますよー」
と笑顔で言ってくれた。俺は裏声を駆使しながら、
「はい、ありがとうございます。お世話になります」
とお礼を述べた。
 やがて俺は2年2組の前に通された。今はまさにドキドキとワクワクが詰まった瞬間だ。
 室内から、
「どうぞー」
と声がかかったので、俺は扉を開けて中に入った。
 うっ、女子高生たちが俺を待ち受けていた。どことなく気怠そうであり、どこか興味本位な顔つきをした女子高生たちが俺に視線を注いでいた。うわっ、脚広げて座っていやがる。パンツが見えてる。でも嬉しくない!
「は、はじめまして。今日からここに通うことになった、飯骨稼パクリコンです。よろしくお願いします」
 ぱらぱらっと拍手が起こった。俺はその後案内されるがままに席に着いた。
 一限目の授業が終わると、俺は女子高生たちに囲まれて質問攻めにあった。
「ねえ、どっから来たの?」
「彼氏いるの?」
「部活何やってたの?」
「彼氏いるの?」
「最近資格持ってると就活で便利だけれど、何か持ってるの?」
「ってか彼氏いるの?」
 氾濫する情報に呑まれながらも、俺はそれらの質問に対し、
「ええっと、とりあえず彼氏は……いないかな」
と答えた。すると女子高生たちは、
「なぁ〜んだ、つまんねーの」
と言って去って行ってしまった。何故だ。何故俺の価値を彼氏の有無だけで決めるんだ。
 俺が茫然としていると、一人の女子高生が歩み寄ってきた。理知的でぱっちりした釣り目が目立ち、癖毛のある長い金髪が似合う、上背のあるおっぱいの豊かな子だった。
「はじめまして。私はランカシーレともうします。以後お見知りおきを、パクリコンさん」
「あ、はい。はじめまして、ランカシーレさん……」
 俺はどぎまぎしながらランカシーレさんに挨拶をした。彼女との間には一メートルほどの距離があったが、それでも彼女由来とおぼしきバラの匂いがただよってきた。
 ランカシーレさんは俺に言った。
「この女子高では、恋人がいるということが一つのステータスとして認められています。しかし悲しいことにここは女子高です。校内でいくら恋人候補を探しても恋人などできやしません。そこで新たに男っ気をもたらすであろう転入生のあなたに、彼女等はまっさきに恋人の有無を探ったわけです。まあ……いないものはしかたのないことですが」
 ランカシーレさんは困ったような表情で、先ほどの「彼氏いるの?」の女子高生グループに目をやった。「彼氏いるの?」のグループは今や教室の隅で雑誌を広げて芸能人の噂話に花を咲かせていた。
 俺はランカシーレさんに問うた。
「ねえ、ランカシーレさんも彼氏欲しいの……?」
「私は興味などございません」
 ランカシーレさんはきっぱりと言った。
「確かに私も、将来の良き伴侶を見つけよ、と言われてこの学校に通っております。周囲からのプレッシャーも実に生半可ではございません。自宅にいるときなど、両親から一時間に一度はそのことで小言を言われる始末です。昨今では、伴侶ごときを見つけられないお前に家を継がせるわけにはいかない、とまで言われております」
「そうなんだ……」
「とはいえ」
 ランカシーレさんは俺の方をじっと見つめた。
「私はそれよりも、さきほどまさにパクリコンさんが困っていらっしゃったことのほうが気がかりでした」
「あ……ありがとう」
「構いませんって」
 ランカシーレさんはふっと微笑んだ。
「さて、校舎を案内いたしましょう。この学校に慣れるよう、私が案内してさしあげます」
「あ、ありがとう! ランカシーレさん!」
「いえ、そんな」
 ランカシーレさんはにこっと笑った。
 俺はランカシーレさんに連れられて校舎のさまざまな部屋を案内してもらった。理科室、音楽室、職員室、体育館、そして生徒会室。最後にランカシーレさんは俺を「魔術室」と書かれた札のかけられた部屋の前に案内した。
「ここはその名の通り、魔術を研究するための部屋でございます」
「魔術……!? 魔術なんてものがあるんですか!?」
「はい。……といっても魔術を操れる者はほんとうに限られておりますが」
 ランカシーレさんは悩ましげな表情で魔術室の扉に手をやった。
「魔術とは処女の秘術です。処女が持つ処女性を真に昇華させたとき、魔術はその処女に従うと言われています。つまり――」
「処女性が魔術としてその身に宿る、ってことか……」
 俺がそう言ったとき、廊下の向こう側からこちらに一人の女子生徒が歩いてきた。その女子生徒は水色の髪を二つくくりにして、真っ白なファーを首に巻いていた。その垂れ目の女子生徒は俺とランカシーレさんを見るや否やにまっと笑い、そして話しかけてきた。
「こんにちは、ランカシーレさん。それとそちらは……」
「ごきげんよう、ヒジリさん。こちらはパクリコンさんといいますわ」
 それを聞いて、ヒジリと呼ばれたその水色の髪の女子高生はフンと鼻を鳴らした。
「さしづめ転入生ってところかしら。そして転入生を連れて、この魔術の神秘に触れようというところね。まあ、あなたにそれができればの話ですけれど」
 ヒジリの言葉にランカシーレさんはむっとなった。
「誰が魔術の紹介をしようと関係などございません。魔術それ自体は客観的に論理体系が形成された学問ですから」
「しかしそもそも魔術を扱えていないあなたは学問の土俵に立てていない、ということを私は言いたかったんです」
 ヒジリの言葉に、ランカシーレさんは何も返さなかった。ヒジリは俺に向かって続けた。
「ランカシーレさんはね、魔術扱いの最初のテストで全く陽性反応が出なかったんですよ。そしてそれ以来全くと言っていいほど魔術に関しては出来が悪くて……。これも処女性の問題なんでしょうかね」
 俺はヒジリに思わず反駁した。
「そんなの分からない……じゃ……ないですか! ランカシーレさんの処女性なんか関係ない……です! それに魔術の出来だけで人を判断するだなんて、おかしい……です!」
 俺はなるべく女言葉として聞こえるように告げた。ヒジリは俺の言葉遣いに疑問を差し挟むでもなく、「フン」と鼻を鳴らして言った。
「まあ、処女性云々なんてどうでもいいんですよ。私はただ、いつも成績が良いくせにそれを鼻にかけないランカシーレさんが心底悔しい思いをするのを見ていたいだけなんですから」
 ヒジリは数秒ほどランカシーレさんを睨めつけていたが、やがて「それでは、また」と言って魔術室の扉を開けて中へと入っていった。
 ピシャリと扉が閉まる音を聞いてから、俺はランカシーレさんに言った。
「ランカシーレさん……ああ言われたことを気にしないで。たかが魔術の出来云々で誰もランカシーレさんを非難したりしないんだからさ。誰も……というか、まあ、俺……わ、私は少なくともそうだよ」
 俺は慌てて一人称を訂正した。ランカシーレさんは俺の誤った一人称を耳にしていなかったようで、ただ小さな声で「はい……」とだけ言った。
 ランカシーレさんはやがてすーっと大きく息を吸ったかと思うと、ぷはーっと吐いたのちに俺にこう告げた。
「分かりました。ありがとうございます。少し気が収まりました。そうですね、くよくよしていても何も始まりませんもの」
 ランカシーレさんはそう言ってふわさっと髪を薙いだ。気怠い空気の中で金色の絹が舞った。
「さてと、そろそろ教室に戻りましょうか。次の授業は、授業中にお花を摘むことが許されない現代文です。気を引き締めてまいりましょう」
「そうだね、気と肛門を引き締めないとね」
 俺はうまいことを言ったつもりだったが、ランカシーレさんは露骨に「うわぁ……」という表情をした。しまった、ここは女子高だったんだ。
 俺がそう後悔したその瞬間だった。
「きゃああああっ!」
という声が魔術室の中から聞こえてきた。
「この声は……ヒジリさんか!?」
 俺はいてもたってもいられず、魔術室の扉を開いて中に入り込んだ。するとそこには、身の丈二メートルはあろうかというティラノサウルスがいた。全身は臙脂色の鱗で覆われており、大黒柱のような脚の先には鋭利な爪が生えていた。そしてそのティラノサウルスのすぐ傍にはヒジリが腰を抜かしたままへたりこんでいる。
「ヒジリさん! 大丈夫か!? そいつは一体……!?」
「た、助けて……! 召喚魔術に失敗したらこんなのが出てきたんです……!」
 声を絞り出すかのようにヒジリは助けを求めた。
 俺達の闖入にティラノサウルスは今まさに驚いていた。俺はその隙を突いて、ティラノサウルスのもとまで駆け寄って盛大なアッパーカットを食らわせた。ぐわぁん、という衝撃が俺の拳に伝わった。
「今のうちに逃げるんだ!」
「は、はい!」
 俺はヒジリをかばうかのように、ティラノサウルスの前に立ちふさがった。しかしさすがはティラノサウルスである。やがてこの状況を把握したのか、俺に向けてその巨大な尻尾を薙いできた。
「ぐうっ……!」
 俺はよけきれず、バシッという鋭い衝撃を受けて床に投げ出された。その後ティラノサウルスの尻尾によって机や椅子をも殴り倒され、あたりに散らばった。そして運の悪いことに、散らばった椅子の一つは転がって魔術室の入口の扉にガツンと勢いよく当たってしまった。そのためか、ランカシーレさんが扉を開けようとしても、一向に扉は開かれようとしなかった。
「ダメです! レールが壊されたようです!」
「なんだって!?」
 俺達はこのティラノサウルスとともに魔術室に閉じ込められてしまったようだ。その認識はヒジリを絶望させるのには充分なものだった。
「ランカシーレさん、ごめんなさい、ごめんなさいね……。私、さっきあんなこと言っちゃって……。私……もうだめ……」
「お諦めなさらないで! まだ私たちは生きております! 最後まで望みをお捨てにならないで!」
「そんなこと言ったって……!」
 ヒジリはランカシーレの胸の中で小さく抱かれていた。俺はそんな二人を見捨てることなど、当然できやしなかった。
「二人とも! 物陰に隠れているんだ! こいつは俺……私がなんとかする! だから早く!」
「はい!」
 ランカシーレさんはヒジリを引きずって机の陰に隠れた。
「あとはお前だな……! 覚悟しろ!」
 俺はティラノサウルスの足許の死角に駆け寄り、再び強烈なアッパーカットを食らわせた。しかしティラノサウルスは俺の拳など痛くないのか、再びその巨大な尻尾を振り回して応戦してきた。
「いってぇ……! くそっ、負けてたまるか!」
 俺はティラノサウルスの鱗の一枚一枚に正確に打撃を与えていった。その結果ティラノサウルスの右脇腹の鱗は大分ズタボロになってきた。再びティラノサウルスがその尻尾で俺に打撃を食らわせたときには、ティラノサウルスの脇腹の鱗群はすっかり機能していなかった。そのせいか、ティラノサウルスは右周りの攻撃をしなくなってきた。
「いってててて……! しかし殴りつづければなんとかなるってもんだな! なあ、ヒジリさん!」
「な……なに?」
 ヒジリは弱弱しい声で俺に応えた。俺は問うた。
「このティラノサウルスをどうやって召喚したんだ!? その召喚魔術を打ち消すような作用は与えられないのか!?」
「召喚魔術をキャンセルさせる魔品を使えばいいんですけれど、それはここには無いものなんです!」
「構わん! いいから言ってみろ!」
 俺の声に、ヒジリは叫んだ。
「それは……せ、……せい、……精液なんです! おちんちんの先から出る精液を召喚された獣の皮膚にかければ、この召喚魔法はキャンセルされるんです! でも……精液なんてこの部屋には無いわ!」
「ある!」
 俺は叫んだ。
「どんなときでも希望を捨てたらだめだ! それをこれから証明してやる! いくぞ!」
 俺は腹部の痛みを抱えながら、ティラノサウルスに殴り掛かった。ティラノサウルスは鉤爪で俺に応戦し、俺に多数の深い切り傷を負わせた。しかし俺はその程度ではひるまなかった。
「ここだ!」
 俺はティラノサウルスの右脇腹の鱗に手をかけた。そして体重をかけて鱗を剥ぐと、ベキベキベキッと音がして右脇腹の鱗が全て剥げ落ちた。ティラノサウルスの皮膚がむき出しになったのだ。
 ティラノサウルスは耳をつんざくような叫び声をあげて俺に再び鉤爪で切りかかってきた。ぶしゅっと血が噴出した。しかし俺は流れ出る出血にもめげずに、己のスカートとパンツを下ろした。
 俺の男根が現れ、天を指し示した。
「いくぞ! ここからが俺の……ラストラッシュだ! うおおおお!」
 俺はティラノサウルスの脇腹にしがみついたまま、己の男根をしごいた。ティラノサウルスが俺を斬り裂くたびに鋭い痛みが走った。流れ出る血流にともない、意識までもが朦朧としてきた。しかし俺は己の性への欲求を股間に集中させ、一心にしごいた。
 やがて、そこにティラノサウルスがいるという意識が薄らいできた。ランカシーレさんやヒジリがいるという認識すらも無くなってきた。ただそこにあるのは己の性欲だけだった。
 やがて俺は絶頂に達した。
「うっ……ぬふっ!」
 俺の男根から白濁の精液が迸った。その精液は間違いなくティラノサウルスのむき出しの皮膚に直撃した。このプレイたるやすなわち紛う方なきブッカケである。
 その瞬間だった。ティラノサウルスの全身がまばゆい光に包まれた。さきほどまで暴れ狂っていたティラノサウルスは、まるで時間が停止したかのように動きを止めた。そしてその数秒後に、ぽんっと音がしてティラノサウルスは跡形も無く消滅してしまった。
「消えた……!?」
 俺は大きく息をついた。どくんどくんと心臓が鳴り響く音だけが聞こえてくる。
 ふと見渡すと、机や椅子がゴミ処理場の粗大ごみのように破壊され散らばっていた。俺の出血も大いに飛び散っては床を汚していた。一方で先ほどまで床に散らばっていたであろうティラノサウルスの鱗は、綺麗になくなっていた。
 俺はスカートとパンツをずり上げようとした。そのとき傷口にスカートが触れて俺は「いてっ」と声を漏らした。すると背後から俺の耳に声が届いた。
「ひどく血を流していらっしゃいます」
 気が付くとランカシーレさんが俺の傷口の血をハンカチでぬぐっていた。あっ、だめだ、まずい、俺のちんちんを見られちまう……!
「お気になさらず。誰にも言いませんから」
 ランカシーレさんは俺の表情を見て察したのか、そう俺に言った。
「あ、ありがとう、ランカシーレさん……。俺……実は……」
「構いませんって。ね、命の恩人さん?」
「はい……」
 何故か急に照れくさくなって、俺は舌が回らなくなった。するとヒジリがすすっと俺の方に寄ってきた。
「たとえ性別がどうであろうとも、あなたが命の恩人であることには変わりませんしね。ほら、こちらの傷口を見せなさいって」
「ふええい」
 俺はただ二人の女子生徒になされるがままに傷口を癒してもらっていた。やがてランカシーレさんが口を開いた。
「こちらの傷は保健室でちゃんと包帯を巻けばなんとかなるでしょう。しかしここの破壊された椅子や机はどういたしましょう……?」
 するとヒジリがそれに答えた。
「私が魔術の練習の際に壊したことにしてします。もとをただせば原因は私にありますしね。それに……こんなことになってしまった以上、パクリコンさんやランカシーレさんに少したりとも責任を負わせるわけにはいきません」
「ヒジリさん……」
 ランカシーレさんは、そんなヒジリに微笑んで言った。
「さて、あとは保健室まで行くのみです。ヒジリさんにはこの魔術室の後片付けをお願いいたしてもよろしいでしょうか」
「モチのロンですよ」
 ヒジリはフンと鼻を鳴らした。
「その代わり……パクリコンさんのことはお願いしましたよ?」
「お任せなさい」
 ランカシーレさんは俺の腕を肩に回した。
「さて、……ではパクリコンさん。まいりましょうか」
「……うん」
 そうして俺とランカシーレさんは魔術室を出た。

 やがて海老名女子高は「ヒジリが魔術室を破壊したため、当面魔術の授業が無くなった」という話題で持ちきりになった。その話題があまりにも強烈だったため、俺が全身に切り傷を作ったことはあまり注目されなかった。

 俺の女子高生活はそれから順調に進んでいった。女子高生に紛れての授業はなんら滞りなく進行し、新たに俺の正体を知った者は誰一人としていなかった。もっとも二人ほど既に俺の正体を知っている人はいるが。
 俺が朝通学路を歩いていると、ランカシーレさんが俺のもとへと駆け寄ってきた。
「パクリコンさん! 今日もご一緒に登校いたしましょう!」
「ああ、もちろんだとも」
 ランカシーレさんは俺の右腕に自分の左腕をからめて、俺の右腕に頬擦りしてきた。
「ランカシーレさん、そんなに絡めてちゃ歩きづらいよ」
「と仰いますけれど、これはれっきとした淑女の歩き方です。私の命の恩人のそばでくらい、淑女として歩かせてくださいませ」
「そうなの? それじゃあしかたないな」
 すると向こうの方からヒジリが走ってやってきた。
「おはようございます、っとパクリコンさん! あとランさんも! 今日も元気ですねー! 一丁やっていきましょう!」
「はい!」
 ヒジリとランカシーレさんはぱしっとハイタッチした。俺が怪訝な目でそれを見ていると、ヒジリは俺の左腕に自分の右腕を絡めてきた。
「わ、ヒジリさんも!?」
「もっちろんですよ。なんですか、ランさんにだけいい思いをさせるつもりですか。そんなの不公平ですからね?」
「くそっ、まあ不公平になるんじゃあしょうがないな」
 俺は両手に花を携えて、ぎこちなく歩くよりほかなかった。
 ヒジリが口を開いた。
「そういえばランさん。この間ランさんのご実家で跡取り騒動があったそうですが、あれはどうなったんですか?」
「あの件に関しては、無事私が跡を継ぐことになりました」
「へぇー、すごいですね! さっすがランさんですよ!」
「えへへ」
 ヒジリの声にランカシーレは照れた。ランカシーレは続けた。
「まあそう言うのも、私がこの学校で将来の旦那様を見つけたからなんですけれどね」
「えっ」
 俺は思わず訊き返した。
「旦那様、って、ひょっとして……」
「はい、もちろんあなたです」
 ランカシーレさんの率直な返答に俺は思わず鼻血をブーッと噴きだした。
「うわっ、ごめん。なんだか鼻血が出た」
「まったくもう……!」
 ランカシーレさんはおもむろにティッシュでこよりを作り、俺の鼻の穴に詰めた。
「すこし不格好ですが、まあいいでしょう。それより、将来の旦那様として今日にでもぜひとも私の実家にいらっしゃい。私の両親に挨拶をせねばなりません」
「えっ、挨拶!? それってランカシーレさんのお父様やお母様に、娘さんを僕にください、って、えっ、そんな、ええっ!?」
「まったく……!」
 ランカシーレさんは俺の鼻に詰まったこよりをピンと指ではじいた。
「それくらいなさってください。まったく、私の命を救っておいて責任を取らないだなんて、許しませんからね?」
「くっそ……」
 すると今度はヒジリがこう言った。
「嫌なら私のところに来てもいいんですよ? うちは大手出版社に勤めているエリートコース間違いなしの家ですからね。パクリコンさんには苦労させませんよ?」
「ひええ! 高校生活を送るときくらい、将来のことを考えずに過ごさせてくれよ!」
「まあともかく」
 ランカシーレさんはコホンと咳払いをした。
「まずは第一歩からです。私のことを「ラン」とお呼びなさい」
「えっ」
 俺は思わず訊き返した。ランカシーレさんは続けた。
「あなたはこれまで他人行儀に「ランカシーレさん」とばかり呼んでくださりました。ですがこれからは、将来の花嫁に対して「ラン」と親しみをこめてお呼びなさい」
「そんな。俺にはそんな不躾なことできないよ、ランカシーレさん」
「ほらもう!」
 ランカシーレさんの不機嫌そうな言葉に、俺は訂正した。
「……俺にはそんな不躾なことできないよ、ラン」
「よろしい」
 ランはにこっと笑った。
「では参りましょう。一限の現代文は、お花を摘みに行くことが許されない魔の50分です。引き締めてかかりましょう」
「……肛門を?」
「気を!」
 俺は二人から盛大につっこまれた。
 今日のこの日も、太陽が高く昇ろうとしていた。俺は未来の花嫁を連れて高校に登校しようとしていた。将来の結婚相手のことで俺が周囲からどんなプレッシャーを受けようが構わないが、もし俺によってランがそのプレッシャーから逃れられるのなら安いものだと思えた。それで皆が幸せになれるのなら、俺は皆の幸せのために動くべきだ。
 今日のの太陽の輝きは、俺やランの幸せな一日が始まることを予言してくれているかのように眩しかった。

(おしまい)

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